「100年住宅」って言葉があります。
この言葉は実に曖昧だと思います。何が100年なのかの定義が曖昧だからです。普通に考えれば「100年経っても建ちつづけている(住める?)家」だと思うのですが、状態が何でもいいなら100年経ったからといって風化して存在自体が無くなる家は有りません。となると100年後にも「快適」な状態で在りつづけるかということが問題ということになルト思うのですが、「快適」とは何を指すかは人それぞれなのでまた曖昧です。外観では屋根/壁、構造では材木/ボード、内観では内壁/クロス/設備?その他にも暖房・配管・断熱・・数え上げればキリがないくらいです。
この言葉に問題があるとすればそれは、どのメーカも100年住宅をうたう割には100年保証はしていないところです。保証が無いのに100年住宅と言われても自分では住宅の全ては直せないからあまり意味は無いと思います。
そもそも今使用しているその建材/設備等を使用して100年経過した家はありません。あるのであれば100年前のモノを使用していることになります。つまり根拠も実績も無い訳です。CD-RやDVDも50年持つなどどして10年足らずで早速読み込めないなんて事象を発表するのもザラですし、CDの場合は10年なのでバレテしまいましたが100年スパンならその前に会社や物が無くなれば誰も追及できません。(某社も100年住宅をうたっていましたが家の前に会社が潰れました。)
100年住宅をどうしても求めるのならば基本的には「直せば100年でも200年でも下手したら永遠に持つんじゃないか」という造りの家が望ましいと思います。日本語が難しいところですが「直す」と一口に言っても、直すにはアチコチが組み合わさっているので、どれもこれも全部直すとなれば芸もお金も無いので、直しやすい簡単な構成で費用安というのが望ましいと思います。
100年住宅を望むのは個人の自由であると思います。
でも・・「日本人は綺麗好き・・というか神経質」であると感じています。一方、古民家など古いものも好きで「いいなぁ」などど視野に入れてしまいます。(結局買わないのですが)。住めと言われても住まないのに憧れだけ抱くというヤツです。
修理するということは、いわゆる中古です。でも日本人は新品好きです。諸外国は何代にも渡って直しながら家を使用する場合もあるそうですけど、アチコチ直しているのでいわゆる中古品です。購入前の心理と購入時に望むものが合っていません。日本人は修理する気は本質的には無いと思います。
修理するには値しないデザインと質の建築物が多いのもまた事実だと思います。購入する家は50年後修理すれば、その時に売っている新品より良い家だと胸を張って言える家でしょうか?ビフォーアフターはリフォームではなくて、あれは建直しじゃないかと誰もが思ったはずです。
ボクは自分が60歳ぐらいになって、子供が家を欲しいと言い出した時に「ウチを直して使ってくれ」とお願いするとは中々想像できません。できればそうなれば良いし、そうしても損は無いんじゃないか?と思える家を建てていただけましたが、仮に素晴らしい家でも子供達は大人になって自分で恐らく”新品の”家を購入するでしょう。「修繕費や修繕しきれない悪さを考えると買ったほうが安いですよ」というのが日本ではまだまだまかり通っている気がするのです。そうなると30歳で家を建てても130歳までは生きれませんし、その後を継いでもらえないなら100年持久する意味もありません。だとすると50年ぐらいを快適な目安でもいいのかなと思います。数十年単位の保証品は出てきていますから。
つまり、まだ日本には「100年住宅」というのは根付いていないので、業者選定/住宅購入の際にそこは決め手にしてはいけないと思うわけです。その前に求めなければいけないものが他にある気がして。
100年住宅を求める際にはまずその根拠は調べた方が良いでしょう、何が100年なのだと。また100年経過後も末代まで使用してもらえるデザインと造りを意識しましょう。「住んでくれ」というのが押し付けにされたら子供たちも可愛そうです。
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ただ、日本人の新品好き・神経質という悪しき風習が無くなればもっと良い家は増えると思います。100年続く家というのは意識としては素晴らしいです、そうなっていかなくてはならない。またせっかくなら100年でも200年でも持つ丈夫な家を業者には建てて頂きたいと思います。住宅を壊して新しい建材をまた使用して・・というサイクルは地球にも優しくありませんしね。悪い家をわざわざ建てるような国にならないで欲しいななんて思います。
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